eae2c1a7.jpg

父の四十九日も無事終え、今日は遺品の整理のため実家にやってきた。
生前、父は写真とカメラが大好きだったのだが、
そんな父らしく防湿庫に几帳面にカメラが並んでいる。
そのずらりと並んだカメラを眺めていると、
その一番隅になにやらアルバムらしきものがあることに気づいた。
取り出してみるとやっぱりアルバムだ。
表紙には見覚えのある父の字で”家族日記”と題名が記されている。
おもむろにその題名が書かれた厚手の表紙をめくると、
おそらく病院で若かりし頃の母が僕を抱いている写真がある。
その写真の下には”長男誕生”
そしてさらにその下に小さな字で”CONTAX S2+Planar50mmF1.4”と書かれてある。
どうやら、これは僕が生まれた日からはじまる、家族3人の写真日記のようだ。
初めの数頁は記憶などないが、5歳を過ぎる頃になるとかすかながら記憶がある。
小学2年生の頃のある写真のページをめくると、
そこには退色して何が写っているかわからない写真が・・・
次の頁もまたその次の頁も退色した写真が並んでいる。
それらの退色した写真の題名下には○○○DIGITALと書かれてある。
どうやら父はこのあたりからカメラをフィルムからデジタルに変えたようだ。
経年変化とは実際にその年月が経たなければどうなるか分からないものだから致し方ないが、
父もこうなることは予想していなかっただろう。
ここから先は何が写っているか分からない退色した写真だけが続いているのだが、
父が付けたその題名だけを見ながら、1頁1頁丁寧にめくっていく。
このアルバムもいよいよ最後の頁になった。
なにげなくその最後の1頁をめくると、そこには色鮮やかな写真が。
そしてその写真の中では家族3人が微笑んでいる。
思い出した。
これはぼくが小学6年生の夏休み家族で伊豆へキャンプに行った時のものだ。
瞬時に僕の脳裏にはその時のことがいろいろと蘇ってきた。
釣りをしたこと、虫を捕まえたこと、飯盒でご飯を炊いたこと・・・
この1枚の写真がその時の楽しかった思い出を次々と呼び起こしていく。
ふと我に返って不思議に思った。なぜこの写真だけ綺麗に残っているのだろう?
そうだ、この写真を撮った時、三脚で撮影したのだが、
「ジー」というアブラゼミの鳴き声のようなセルフタイマーの音が滑稽に感じたのを思い出した。
その写真の下に目をやると題名が”最高の1日”そしてその下に”CONTAX S2”。
この日、父はどうしていつものデジカメではなくフィルムカメラを持っていったのだろう?

遺品の整理もひと段落つき、形見分けの品物を鞄に仕舞い込み家路に着く僕。
今度の夏休みの家族旅行は、このカメラを使ってみよう。
写真は退色しても、色褪せない思い出を残したい。
電車の中で形見分けのCONTAX S2を手にしながら僕はそう決めていた。

CONTAX S2   ¥46,800〜